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新潟地方裁判所 昭和61年(ワ)325号 判決

原告 松原松榮

右訴訟代理人弁護士 平沢啓吉

被告 日経ファクター株式会社

右代表者代表取締役 山川一雄

右訴訟代理人弁護士 園田峯生

被告補助参加人 株式会社 あたかオート

右代表者代表取締役 安宅祐蔵

右訴訟代理人弁護士 山崎隆夫

同 斎藤彰

主文

一  被告は原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地の明渡をせよ。

二  被告は原告に対し、昭和六一年六月二五日から右建物収去土地明渡に至るまで一箇月一五万円の割合による金員の支払をせよ。

三  原被告間の訴訟費用は被告の負担とし、補助参加によって生じた費用は補助参加人の負担とする。

四  この判決は、主文第二項に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、

一  (主位的請求)主文第一ないし三項と同旨

二  (予備的請求)

1  被告は原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物から退去して同目録(一)記載の土地の明渡をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求め、その請求の原因及びに抗弁に対する認否として、

1  原告は別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)を所有している。

2(一)  被告は、本件土地上に別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有して本件土地を占有している。

(二)  被告及び補助参加人は、被告は本件建物を譲渡担保権者として取得、占有しているに過ぎないと主張するが、譲渡担保によって取得した権利の内容は売買等によって取得されたそれとの間に対外的効力において全く差異がなく、建物を譲渡担保として譲り受けた者は、敷地を使用し得べき自己の権原を主張立証しない限り敷地所有者に対して建物を収去して敷地を明け渡すべき義務があるのであるから、被告らの右主張は第三者である原告の権利主張に対抗できない。

3  原告は従前本件土地を補助参加人に賃料月額一五万円で賃貸していたから、本件土地の賃料相当損害金も一箇月一五万円である。

4  よって原告は被告に対し、本件土地の所有権に基づいて、本件建物の収去及び本件土地の明渡並びに本件訴状送達の日の翌日である昭和六一年六月二五日から右建物収去土地明渡に至るまで一箇月一五万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

5  なお本件建物の所有者が補助参加人であると認められた場合には、原告は被告に対し、本件土地の所有権に基づいて、本件建物からの退去及び本件土地の明渡を求める。

6  (事情)

(一)  原告は昭和五七年一一月一日、補助参加人に対して本件土地を賃料月額一五万円で賃貸し、補助参加人は本件土地に本件建物を所有していたが、補助参加人は昭和六〇年八月分から賃料を支払わなくなった。

そこで原告は補助参加人に対し、昭和六一年六月三日到達の内容証明郵便をもって、昭和六〇年八月分から昭和六一年五月分までの賃料合計一五〇万円を一〇日以内に支払うよう求めると共に、右期間内にその支払がない場合には本件土地に関する前記賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたが、補助参加人は右催告期間を徒過したので、右賃貸借契約は同年(昭和六一年)六月一三日の経過をもって解除された。

同年七月二三日、補助参加人代表者が原告方を訪れ、留守番で事情を知らない原告の母に現金一六五万円を手渡していくということがあったが、これによって前記契約解除の効力が左右されるものではない。

(二)  補助参加人は昭和五九年一一月に倒産して現在に至るまで営業はしていず、同代表者はその頃から窃盗、有価証券偽造、詐欺等の犯罪を反復しており、原告への賃料支払もこれらの贓物によっていたのである。

(三)  また原告・補助参加人間の本件土地に関する賃貸借契約については、補助参加人が地上に建物を建てても保存登記はしないという特約があった。また本件建物中の二階部分は元々原告の所有で、これを無償で補助参加人に賃貸していたものであった。

しかるに補助参加人は、右原告所有部分をも取り込んだ上で本件建物全体について保存登記をした。

これらはいずれも賃貸借契約当事者間の信頼関係を破壊する行為であるから、原告は昭和六三年三月二五日の本件口頭弁論期日において、補助参加人に対し、右信頼関係破壊を理由として本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

(四)  被告は、譲渡担保権設定者である補助参加人の本件土地賃借権に基づく使用収益の範囲内で本件土地の占有を許容されていると主張するが、右(一)ないし(三)の通り、補助参加人の本件土地賃借権は既に解除によりその効力を失っているのであるから、被告の右主張もその基礎を欠くものである。

と述べた。

被告訴訟代理人は、

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求め、原告の請求の原因に対する認否として、

1  第1項は不知。

2(一)  第2項(一)は否認する。被告は本件建物を譲渡担保権者として管理しているに過ぎず、本件建物の所有者は補助参加人であるから、被告に建物収去義務はない。

(二)  譲渡担保権者の目的物件に対する所有権移転の効力は債権担保の目的を達するのに必要な範囲内において認められるに過ぎず、他方設定者は譲渡担保権者が目的物件の換価処分を完結するまでは債務を弁済して目的物件に対する完全な所有権を回復できる地位にある。

従って仮にここで譲渡担保権者である被告に建物収去土地明渡義務が認められれば設定者たる補助参加人の本件建物に対する所有権を回復する道を閉ざすことになり不穏当である。

3  同第3項は争う。

4  同第4項も争う。

5  同第5項も争う。

6(一)  同第6項(一)ないし(三)は不知。

(二)  原告・補助参加人間の本件土地に関する賃貸借契約が存続していることは補助参加人主張の通りであり、被告は被告所有の本件建物につき、譲渡担保権者として補助参加人の同意を得て同人と共に本件建物を管理、占有しているのであって、譲渡担保権者たる被告としては借地人である譲渡担保設定者の賃借権に基づく土地の使用収益の範囲内においてその敷地の占有も認容されていると言うべきである。

と述べた。

被告補助参加人訴訟代理人は、

一  原告の被告に対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求め、原告の主張に対する認否及び抗弁として、

1  原告の主張第1項は認める。

2(一)  同第2項中、被告は本件土地上の本件建物を占有していることは認めるが、その余は否認する。

(二)  補助参加人は本件建物につき被告に対して譲渡担保権を設定したが、本件建物の実質上の所有権はいまだに補助参加人にある。

3  同第3項中、本件土地の月額賃金が一五万円であったことは認める。

4  同第4項は争う。

5  同第5項も争う。

6(一)  同第6項(一)記載の客観的事実は全部認めるが、契約解除の効力は争う。

昭和六一年八月の段階までには賃料延滞の事実は解消していたから賃貸借契約当事者間の信頼関係を破壊するには至っていなかったし、また仮に原告主張の通り昭和六一年六月一四日に本件土地の賃貸借契約が解除されたとしても、原告は同年七月二三日に補助参加人が提供した延滞賃料全額一六五万円を受領しているから、その後に至って契約解除の主張をするのは権利の濫用として許されない。

(二)  同(二)は否認する。

(三)  同(三)のうち、補助参加人の本件建物保存登記の事実は認めるが、その余は否認する。

(四)  同(四)は争う。

と述べた。

《証拠関係省略》

理由

一  当事者間に争いのない事実に弁論の全趣旨を勘案すれば、まず原告が本件土地を所有していること、本件土地上に本件建物があること、本件建物の所有者が少なくとも従前は補助参加人であったことが明らかである。

二  《証拠省略》によれば、本件建物の登記名義は昭和六〇年四月一二日に譲渡担保を原因として補助参加人から被告に移転していることが認められ、被告代表者尋問の結果及び補助参加人代表者安宅祐蔵(同人は証人適格があり、証人として尋問されるべきであったが、本件記録によれば本人として尋問されている。この手続は違法ではあるが、当事者が異議を述べた形跡は見当らないので、責問権の放棄によってその瑕疵は治癒されたものと見るべく、現段階においては同人の供述(端的に言えば証言である。)の証拠能力には問題がないものと解する。)の供述によれば、本件建物の補助参加人から被告への移転事由も右登記の記載通り譲渡担保であったと認められる。

もっともその詳細について、補助参加人代表者は、今後の資金導入のため極度額五〇〇〇万円で譲渡担保権を設定した(根譲渡担保ということになろう。)と供述し、他方被告代表者は、補助参加人に既に二三〇〇万円の貸金債権があり、その担保として譲渡担保権を取得したと供述しているのであって、明らかでない点があるが、この点は以下の判断に影響を及ぼす程のものではない。

三  そこで原告の本件土地の所有権に基づく本件建物の収去・土地明渡請求について検討する。

地上建物の所有権が譲渡担保を原因として移転している場合、土地所有者としてはその収去を求める際に譲渡担保権者と設定者のいずれを相手とすべきかということがここでの争点であるが、当裁判所は、本件の場合には譲渡担保権者である被告であると解する。その理由は以下の通りである。

1  譲渡担保権は担保の一種ではあるが、その具体的態様として所有権自体を移転するという構成を取るのであり、登記名義も移転することになる。当事者が諸担保権の中で敢て所有権を移転するという手法を選択したのであるから、所有権の移転しない他の担保類型と異なって当然これに相応した効果が伴う筈のものである。

2  譲渡担保権者は、目的物件につきその債権担保目的を超えてその権利を行使することはできないということは明らかであるが、これは譲渡担保契約に伴う当事者間の制約であって、対外的な関係では譲渡担保権者が目的物件の所有者であると解するのが相当である。

だからこそ譲渡担保権者は目的物件の所有権に基づいて不法占有者に対して妨害排除の請求をすることはもとより、目的物件に対して差押をした設定者の一般債権者に対して譲渡担保権者は第三者異議の訴を起こすことができるとされるのである。

3  これに対して設定者は、その目的は債権担保のためではあるが、目的物の所有権を失い、所有者としての権利義務を負わないものと解される。

もっとも設定者はその債務を弁済して目的物の所有権を受け戻す権利を有し、右弁済・受戻にまで至れば譲渡担保権が消滅して目的物の所有権が設定者に復帰することになるが、右弁済・受戻以前においては設定者の所有権を論ずる余地はない。この場合においても設定者の実質的所有権を認めるということは受戻の前後を問わず目的物の所有権が設定者にあるという結果を認めることになり、担保のために所有権が移転するという譲渡担保の構成と相容れないことになるからである。

4  この債務を弁済して目的物の受戻をなし得る債務者・設定者の権利というものは、譲渡担保という形態の担保権を承認する以上、尊重されるべく、故なく、即ち法律上の根拠に拠らずに右受戻権を侵害する行為に対しては、債務者・設定者は右権利に基づいてその排除を求めることができるとすべきであろう。従って譲渡担保の目的物に対する不法な侵害に対しては設定者も妨害排除の請求権を有すると考えることができる。

しかしながら右受戻権も所詮は譲渡担保契約当事者間の内部的な合意によるものに過ぎないのであるから、他からの正当な権利行使に対してはこれをもって所有権自体と同視するような効力を認めることはできない。

ここで被告は、本件で譲渡担保権者である被告に本件建物の収去義務を認めると、設定者である補助参加人の本件建物の所有権を回復する途を閉ざすことになって不穏当であると主張する。

しかしながら、仮に本件被告に建物収去請求の被告適格を認めないとするならば、設定者である補助参加人に被告適格を承認しなければならない。建物を一旦譲渡担保に供したら敷地利用権がない場合でも誰もその収去義務を負うことがない、という結論は到底承服できないものであるからである。而して設定者が建物の収去義務を負い、これが履行された場合には譲渡担保権者は目的物たる建物への譲渡担保権又は所有権を失う結果となる。譲渡担保権ないし所有権と、受戻権の重要性の相違は自ら明らかであろうから、設定者の受戻の途を閉すから譲渡担保権者が建物収去義務を負うことはない、という議論は、譲渡担保権者が担保権又は所有権を失うことに途を開くから設定者が建物収去義務を負うことはない、という議論と同様に、又はそれ以上に不相当なものであると考えられる。

5  本件においては、本件建物の使用の実態を見ることも建物所有権移転の程度を計るのに便宜であると思われるところ、《証拠省略》によれば、現在本件建物の一階部分をなす駐車場は被告が占有管理して収益を上げ、他方補助参加人は二階部分の一部のみを使用していることが認められ、被告代表者の供述のうち右認定に反する部分は採用できない。

右事実によれば、被告は本件建物に対して譲渡担保権を有しているだけでなく、これを占有管理して使用収益に充てているという実体をも有していることになるから、被告が本件建物の事実上の所有者であると判断することが事態に即したものである。

四  前項記載の通り、被告が本件建物の所有者として扱われるべきところ、その敷地である本件土地が原告の所有であることは既に述べた。

従って被告が本件土地につき何らかの利用権を有していない限り、本件建物を収去して本件土地を原告に明け渡すべき筋合となるが、被告からは譲渡担保権者として本件建物を使用しているという他に自己の敷地利用権については何らの主張がないので、この点について顧慮の限りでない。

五1  ところで被告の主張のうちには、補助参加人の本件土地に対する賃借権の範囲内で敷地を占有使用しているという部分があり、また本件建物の所有権が補助参加人から被告に移転しているとされる以上は、その時に敷地利用権である賃借権も建物所有権に付随して被告に移転したものと解する余地(本来は現実の占有移転を前提としない担保権としての譲渡担保という点から見て疑問があることは否定できないが。)があり得るので、念のためこの点についても検討しておくこととする。

2  しかしながら、賃借権の移転は賃貸人の承諾がない場合には賃借権譲受人の立場で賃貸人に対抗する余地のないものであるから、本件の場合にも被告が前記の如き賃借権移転による正当な敷地利用権を取得していたとすることはできない。

六  本件土地の賃料相当損害金については、《証拠省略》によれば従前の原告・補助参加人間の本件土地賃貸借契約による賃料は一箇月一五万円であったことが認められるから、損害金も一月当り一五万円を下回ることはないと考えられる。

七  以上の事実及び判断によれば、本件土地の所有権に基づいて被告に対し、本件建物の収去・本件土地の明渡及び明渡までの賃料相当損害金の支払を求める原告の主位的請求には理由があるから、これを正当として認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九四条を、金銭支払部分に関する仮執行の宣言については同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文の通り判決した次第である。なお本件建物収去・本件土地明渡の部分についてはこれに仮執行の宣言を付するのを不相当と認め、その申立を却下する。

(裁判官 西野喜一)

〈以下省略〉

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